2009/04/16

パレスチナのオリーヴの苗木を100株-2


The Ethnographic and Art Museum at Birzeit University

輸出、ラマッラから東京に---ヴェラとサリーム

 アンタルの運転するワゴンで、エルサレムから北に15キロほど、ラマッラのヴェラ宅にやってきた。「歓迎する」と招待を受けたのだ。
「オリーヴ・プロジェクト」展出品者でもあるヴェラ・タマリは、2002年のイスラエル軍ラマッラ侵攻で、戦車により破壊され通りに放置された車を集めた(移動の自由を保証する筈の車の、移動の不可能性---占領を表現する)野外インスタレーションを試みたが、その会場にイスラエル軍のブルドーザが訪ねてきて作品に襲いかかり、作品の隠喩を暴露してみせたのでインターネットをにぎわせた。ビルゼイト大学美術科教授であり、大学美術・博物館の館長でもある。
 大学に向かう車中、パレスチナのオリーヴを植栽したいという日本の美術館の情熱(その美術館のアネックス・ギャラリーが「オリーヴ・プロジェクト」展のホストだったの、と)、アンタルの案内でオリーヴの苗木を100株カルキリヤで求めたこと、東京への輸送が懸案となっていることなど話した。
「アンタルという名のひとに会ったの初めて。知ってる?アンタル」とヴェラ、「知ってる、古い冒険物語のヒーローでしょ」「そう、でも昨今、アンタルと名付けることはないの。どんな物語か覚えていないけど」「結婚の条件に、珍しいラクダを要求されたのじゃない?その部分しか思い出さないけど。何といったかしら、ヒロイン」「アブラ」とこれはヴェラが思い出した。そう、アンタルとアブラだ。

 ビルゼイト大学で過ごしているとき、農水省は「許可証」を発行しない、輸出国農業省の「証明書」が必要、との知らせが東京から届く。パレスチナの運輸会社が馴染んでいる欧米への輸出システムとは違うらしい。輸出国というのは「イスラエル」だろうか、あるいは「パレスチナ自治政府」の農業省なのか、悩ましかった。
 夕刻、大学から戻ると「紹介できるひとがいるわ、彼ならオリーヴを東京に送るのを手伝える、パーク(PARC:パレスチナ農業振興委員会)のサリーム・アブガザーリよ、電話してみるわね」と、ヴェラは住所録を開く。翌日、PARCを訪ねることになったが、わたしひとり、彼女は大学がある。

 サリームのオフィスには先客がいて、「どうぞ」と机の前の椅子をわたしにあけ渡し、壁際の椅子に移る。サリームは忙しいらしく立っていた。「コーヒー?紅茶?」「紅茶、砂糖入りで」名刺を交換しながら、彼は開いたままの扉から叫んで紅茶を注文する。その僅かな隙にわたしは名刺から「所長」の文字だけ確認する。
「オリーヴの苗木を東京に送るとか、現在の状況は?」「カルキリヤのアルアマル、アルアマルはろうのひとたちの職業創出を事業としているのですが(ええ、知っていますと、サリーム)何しろ100株ですから準備中です。ニッポン農水省の許可証が必要とのことでしたが、農水省によれば許可証は発行しないと」「ええ、ニッポンの農水省は許可証を発行しません。パレスチナ農業省の証明書が添付されることになります。検疫に必要で」。要領を得なかった農水省の言い分が明確になる。彼がニッポンへの輸出を熟知していることは疑いない。パレスチナ農業省の証明書ならば問題もない。
 PARCはニッポンにもオリーヴオイルを輸出しているという。手渡されたリーフレットには取り引きのある外国の企業というよりはNGOと思しきリストが掲載されていた。サリームは、日本の輸入元、Alter Trade Japanを指差す。
「分量は100株、価格は?」「500ドル」「品質は?」「3年ものと4年もの」「PARCが輸出を引き受けましょう、PARCの荷物ということで、手数料なしで(「ただで」と言ったのだった)」「感謝します」。これもヴェラの紹介があったからなのだ。実は期待していた訳ではなかったが、懸案は猛烈なスピードで解決に向かっていた。PARCの所長は忙しい、何度かかかってくる電話で中断され、スタッフが書類への署名を求めてやってくる。その合間合間に、大急ぎでわたしたちは話していた。
「必要な書類を言いますから、アルアマルに伝えてください」「電話しますが直接話してくださる?ワリード(アルアマル所長)は英語を話しませんから」とわたしは携帯電話を取り出す。「構いません」ワリードの携帯電話につないで「ちょっと待って」とすぐサリームに手渡す。彼が発する、わたしも理解する「ムシモシュケレ(問題ない)」「タイーブ(いいでしょう)」などから展開は上首尾とわかる。アラビア語だったにも拘らず、パレスチナ農業省の証明書はPARC宛でと言ったのがわかったのは、既に英語で聞いていたからに違いない。「彼は会議があって明日ラマッラに来るそうです。ここに寄ってもらうことになりました。輸送はPARCが依頼している代理店を使いましょう。輸送料はいくらになるか判りませんから2,000ドル、ヴェラに預けておいてください。送り先はメールで(これは手書きの判読を避けるため)」、必要にして充分、彼のことばに無駄はない。これで懸案は片付いたのだった。彼が忙しいのだから長居は無用、「そうします、3月にまたまいりますから、ベツレヘムで開催中の展覧会がビルゼイト大学美術館でも開催されますので、足りなければその時に」と、金銭的な心配は無用とのメッセージを残す。「感謝します」、そしてタクシーを呼んでもらう。

(つづく)

0 件のコメント: